BRAIN➡WORLD

ノベルゲーム感想と思考出力

『そして明日の世界より────』感想

目次


はじめに


 ちゃすちゃす✋
 どーも、永澄拓夢です。

 てなわけで、今回の感想対象作品はこちら!

そして明日の世界より────』


 エロゲ界隈では『こなたよりかなたまで』、ラノベ界隈では『六畳間の侵略者!?』で有名なシナリオライター『健速』先生が、2007年に世に送り出した作品です。今でも語り継がれる名作の一つでしょう。一時期はプレミアも付いていたとかなんとか。
 個人的には『こなたよりかなたまで』が良かったので、本作も期待しております。

 というワケで、さぁ蓋を開けますわよ!

あらすじ


 これから始まるのは、俺たちの小さな世界に訪れた二週間ばかりの例外の物語。

 四方を海に囲まれたちっぽけな島。
 自慢できるものといえば輝く太陽と澄んだ青い海、生い茂る樹々の緑くらい。

 そんな変化に取り残された島に住む主人公・葦野昴は、いたって平凡な18歳。
 幼馴染でいつも元気な少女・日向夕陽、
 夕陽の姉で運動以外は完璧にこなす英語教師の日向朝陽、
 親友で悪戯仲間の樹青葉、
 病弱で大人しい転校生・水守御波と共に、
 島にある小さな学園に通い、運動会に海水浴、更には温泉掘りと騒がしくも平穏な日々を過ごしていた。

 誰もがこの平和で楽しい日々が、どこまでも、いつまでも、かわらずに続くものだと信じていた。

 そう、あの日までは────。

 『この小惑星は秒速三十二キロメートルで大気圏に接触、僅かに待機表面を滑って軌道がズレた後に……地表に激突します』

 突然の宣告────。残された時間は3ヶ月。

 訪れるのは世界規模の大災害。
 あまりにも唐突に訪れた世界の終焉に、混乱する人々。
 そんな中、何とか自分を保ち続けようと必死になる5人────。

 果たして彼らは、残された僅かな日々の中で、何を想い、何を得るのだろうか?

 引用元

所感


 素晴らしい作品です。
 メッセージ性が非常に強く、また作品を通してそれが一貫しており、よく纏まっていました。とても考えさせられる内容でしたね。
 本作を完成へと導くエピローグでは、思わずボロボロ泣いてしまったほどでした。

~以下ネタバレ有~











各ルート感想


 攻略順は以下の通り。
 御波√⇒青葉√⇒夕陽√⇒朝陽√⇒True⇒AFTER

 

共通パート

●シナリオについて
 緩やかなながらも良い滑り出しですね。雰囲気も絶妙。
 プロローグ終了までの『退屈でありながらも心地良い日常』と、隕石が落ちてくると分かってからの『不安が支配する非日常』とのギャップが巧みに描かれており、その温度差にとてもワクワクさせられました。また、人類滅亡までの非日常が本作の大部分を占めるにあたり、その前段階にある『日常』がしっかりと活きるよう描写されているのもまた魅力だと感じました。

 正直、どこまでが共通パートなのか未だによく分かっていませんが、とりあえず個別ルートでどのように本作の内容を〆ていくのかが楽しみです。全然結末を予想できない……。

水守 御波√

●シナリオについて
 とても良かったです。

 本ルートの魅力は、まず何と言っても『主人公と御波の関係性』でしょうね。非常に美しい相互関係となっております。そして、まるでその関係性をなぞるかの如く、本ルートの展開は主人公と御波による支え合いの押収となっておりました。
 主人公が御波の悩みに対してしてあげたことが、後に主人公が同じような境遇に立たされた際に御波から返される。その逆もまた然り。好き合う上で、互いが互いの補助関係となっているカップルの理想形。そしてそれを実現する美しい構成。少なくとも恋愛劇としては、極めて高水準なシナリオを魅せてくれたと感じております。

 本ルートにおいては、『死生観』的な観点から登場した考え方も魅力でしょう。というのも、物語中盤において御波が取り上げた『考える葦』の一部(以下引用文参照)こそが、本ルートでは体現されていると考えられます。

大切な事は全て私達の想いの中にある
私達を立ち上がらせるものはそこからやってくるのであって
満たすすべのない場所や時によってあるものではない
故に想う事を忘れずに
そこにこそ、あるべきすがたがある

 ヒロインの御波は生まれながらにして病弱であり、あらゆる物事に制限があったため、「世界は自分以外のためにあるもの」と考えていました。要は、自らが『普通』を享受することは出来ないのだと考えていたということですね。だからこそ御波は、考える葦の上述部を綺麗事として捉え、嫌っていました。
 しかし、主人公たちとの出会いをきっかけとして蓋を開けてみれば、本当に『想い』を変えるだけで御波の瞳に映る景色は一変しました。その後もまぁ壁がいくつか立ちはだかりましたが、概ねこの考え方で一貫されていたように見受けられました。
 で、ここまで読んで「どこが死生観……?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。ご安心を。もちろんこの話はここで終わりではありません。
 ここで特に重視していただきたいのが、「満たすすべのない場所や時によってあるものではない」という一文です。要は、オリジナルの文章においても御波の変化においても、共通しているのは『世界は何も変わっていない』ということなんですよね。これ、実は別のキャラクターが語った考え方にも共通する部分なのですよ。……そう。八島の爺ちゃんの『日常』に関する考え方です。精神が不安定になって夕陽に八つ当たりしてしまった主人公と八島の爺ちゃんとの間で、以下のような会話がされたことがありました。

 八島の爺ちゃんは、『世界は何も変わっていない。ただ自分たちが識ってしまっただけ』という、一種の運命論を語りました。そしてその上で、『識らなかった頃と同じ生活をする』という意識を主人公に授けました。つまり、これを御波の変化の話と統合すると、『良くも悪くも、変化とは想い(考え方・認知・認識)によって齎される』という考え方に到達することが出来ます。御波は考え方を変えることによってこれまで手の届かなかった『普通』に手が届きました。主人公たちは、隕石による人類滅亡を識ってしまったことによって『日常』を見失ってしまいました。世界は変わっていないのに、意識一つで変化は起こってしまうのです。要は、常に変化の種は自らの中にあるのだから、それをコントロールし、時には折り合いを付けることで、いくらでも『生』を心地良いモノへと昇華することが出来るのだ、と。そのように解釈出来るワケです。

 「いやいや『死生観』の『生』しか語って無くね?」とお気づきの貴方。本ルートではきちんと『死』についても語られております。
 これは或いは、語られずとも多くの人間が最初から本能的に持っている結論ではあるのかもしれませんが、本ルートにおいては境遇が故にその結論を持たなかった御波によって、その『死生観』における『死』の部分が語られております。それこそが、『人間はただ死を恐れているのではない。死によって家族や友人、好きだった景色等の”全て”を喪うことを恐れている』という考え方です。私はこの考え方が明示された際、ハッと”自覚”させられました。確かにそうだと。そういった意味で『本能的に持っている』と上述したワケなのですが、本ルートではそういった潜在的な死への恐れの内実がしっかり明示されたんですよね。この点、『死生観』を語る作品としては優れていると感じました。『死に対する恐怖』の正体に触れることなく、ただ『死の意味』や『死を恐れなくても良い考え方』を語るのではなく、ちゃんと人間としての『死に対する恐怖』まで掘り下げた点は、大きな評価点です。
 それはそうと、『死に対する恐怖』の正体については”潜在的”と上述しましたが、本ルートではその点も上手く描写されていましたよね。『普通』を手に入れた御波であっても、しばらくは『死に対する恐怖』の正体には気付けなかったワケですから。

 ちなみに、個人的激エモポイントは『星が好きな御波の手が唯一届いた星が”昴”(主人公)』という点ですね。考える”葦”と”昴”……。主人公の葦野昴という名前が御波のために作られたと言われても信じてしまいますよ……。

樹 青葉√

●シナリオについて
 うー--ん。正直、なんと評すれば良いのか……。感情を揺さぶられたと言えばそうですが、主な感情は『怒り』だからなぁ……。
 ただそれはそれとして、敷かれていたテーマ的には深い内容であったと感じました。
 総じて、良い点も悪い点も併せ持った両極端なルートだったと評するのが最も正しいのかな……?

 本ルートで体現されたメッセージもまた、御波√同様に『世界は何も変わっていない。ただ、識ることによって自身が変わっただけ』という八島爺さんの考え方を源流とするモノであったように思いました。御波√ではそれがそのまま『世界と自身』という形で体現されたのに対し、青葉√では『他者と自身』という形で体現されたという感じですね。『青葉の女性らしい一面が見えていなかった昴』と『昴の弱い一面が見えていなかった青葉』。そんな二人が互いにボタンを掛け違えたことによるすれ違い。相手から開示される既知の”らしさ”と未知の”らしさ”で板挟みになり生まれる葛藤。本ルートは、そんないくつもの問題を段階を踏んで解決していくことで、最終的に『見えなかったモノもまたその人の本質』という結論へと辿り着く物語でした。この観点からすると、非常に優れた構成であったと評価出来ます。青葉というキャラクターの造形も深かったため、それもまた優れた構成の一助となっていたのでしょう。

 しかし本ルートには、決して無視出来ない不満点が存在します。それは、『異常とも思えるほどの主人公の察しの悪さと愚鈍な思考能力』です。これが上述した私の『怒り』の源でもあります。本ルートにおける主人公は、まるで共通パートや御波√における察しの良さと気遣い能力が全てウソであったのかと見紛うほどに頭が悪かった。それも、本当に脳に欠陥があるのではないかと疑うレベルです。並大抵のモノではない。御波√の主人公と完全に別人と言われても信じるでしょうね。
 では、具体的な説明をば。まず、本ルートにおける主人公は、とにかく『自分が恋愛感情をぶつけられている』ということに気付きません。本ルートでは中盤から、青葉がかなり直接的に主人公へとアプローチします。それは例えば、嫌悪していた母親を真似てまで自身を女性らしく着飾ったり、妖艶な雰囲気でボディタッチをしたり、明らかに主人公に気がある旨のセリフをいくつも囁いたりと様々です。そもそも主人公は、前提知識として青葉の家庭事情や母親のような女性として振る舞うことへの嫌悪を識っています。加えて、青葉が女性らしく着飾る直前に、「欲しいものがあるけど手に入らないからやり方を変える」という決心をも耳にしています。しかし主人公はそこまでされても尚、「何を望んでいる?」などとほざいて全く青葉の真意に気付かない。「自分に気があるのかもしれない」という仮定にすら至れない。これがまだ青葉の変化初期の頃だけならば、元々の青葉の振る舞い的に主人公がなかなか呑み込めないままであることにも納得出来たでしょうが、主人公は何日もほぼほぼ直接的なアプローチをされていたのにも関わらず、全く青葉の恋愛感情を汲み取ることが出来ませんでした。これが本当に、御波の機微を汲み取って気遣っていた主人公か?と。あまりにも落差が酷い。ちなみに、主人公が青葉の恋愛感情に気付いたのは、青葉からハッキリと「愛していたの、ずっと」と告げられたタイミングです。ここで、「本当は気付かないようにしていただけ。認めたくなかっただけ」みたいなモノローグがあればまた印象は違ったのでしょうが、あろうことかここでのモノローグは「青葉が? 俺を?」ですからね。マジで気付いていなかった時の反応じゃん……と。察しが悪いどころの話じゃない。そもそも考えることを完全に放棄していないと、こんな体たらくにはならないのではないかと思いました。
 そんで、この話はまだ終わりません。本ルートの主人公は、さらに私の神経を逆撫でします。というのも、本ルートの主人公、全く以て自分のことしか考えられない人間に成り下がっています。いやまぁ、追い詰められている状況ですから多少は仕方ないにしろ、これはさすがに行き過ぎているなと。本ルートでは青葉の変化が進むにつれ、段々と主人公が『親友』としての青葉の消失に悲観し始めます。なんなら、変わってしまった青葉に対してイライラを募らせ、青葉や星を恨みながら、仕舞には「喪うのがこんなにも苦しいなら、俺はもう誰とも深く関わらない」みたいなことをほざいていじけます。そんな様子を見て私は思いました。全部お前が悪いんじゃんと。というか、自分が悪いと判断出来るに足る情報は全て主人公に対しても開示されているじゃんと。お前が早い段階で青葉の異変と恋愛感情に気付いて、元の青葉を恋仲として認めるか、すっぱりフって親友に戻ってもらうかすれば、ここまで拗れることは無かったじゃんと。それなのに、主人公はあろうことかただでさえ働いていなかった思考をストップし、自身の殻に閉じこもります。そもそも殻に閉じこもる前のイベントにおいて、青葉が主人公を以前からずっと愛していると判明した上に、婉曲的ながらも男勝りな振る舞いから女性らしい振る舞いに切り替えた理由もエピソードに沿って聞かされたにも関わらず、なぜか青葉の変化の真意を理解出来ないままに、青葉に対して「やっぱり元には戻ってくれないのか」などとほざきやがります。おまけに胸中では「青葉はそんな姿じゃなかった! そんな事は言わなかった! そんな事は言わなかった!」などと駄々をこねます。これ、青葉側からすればかなり残酷な発言ですよね。主人公に振り向いてもらうために試行錯誤の努力をして、仕舞には嫌悪していた母親の真似事までして、さらにはここまで想いの丈や真意を開示しても一向に理解されず、当然想いに是どころか否ですら応えてもらえないまま、「親友として居心地良かった元の青葉に戻ってほしい」と駄々をこねられたワケですから。このパート、本当にただただ青葉が不憫で、ひたすらに主人公に殺意が芽生えました。ここらへん、自分の至らなさを棚に上げてひたすらに責任転嫁し、ただただ被害者ぶっていた主人公には、不快感以外何も感じませんでした。瞬間風速的には『WHITE ALBUM 2』主人公の北原春希に対する嫌悪感を優に超えていたでしょうね。
 以上から、私の本ルートにおける感情は、大半が主人公への怒りによって埋め尽くされております。怒りの赴くままに感想を書いたので、なかなか伝わりにくい部分もあるでしょうが、その際は私の感想を読んだ上で今一度本ルートをプレイしてみてください。きっと私の気持ちを理解していただけると思います。
 ……補足として、私は何も『追い詰められて思考力が低下すること』や『取り乱して視野が狭まること』自体を否定しているワケではありません。そういうことが往々にして起こるのが人間としての生々しさですからね。むしろ私はそういった『人間臭さ』には肯定的です。ただ今回は、いくらそういう事態に発展していたとしても不自然さが拭えないレベルであったが故に否定したということをご理解いただきたい。いくら思考力が低下しているからといって、ほぼ答えと同等のピースを得ても全くそれを解釈出来ないという事態が何度も発生するのは、少なくとも御波√で魅せられた葦野昴の能力的におかしいと言わざるを得ません。後者(自分のことしか~)に関しても、あくまでもその延長線上です。いくら視野が狭まっているからといって、そもそもの事実確認の段階からほぼ答えとなるピースを得ているのにそれらを全てガン無視して悲観しているのがあまりにも見ていて腹立たしかったが故の文句でした。これがもしも『早い段階で主人公が青葉の恋愛感情に気付き、その上で変化した青葉の在り方について葛藤する』という展開であれば、きっと私もここまで文句を垂れることは無かったでしょう。ブチギレはしたかもしれませんが、それはそれとしてそこも含めてきちんと評価していたハズです(必ずしもブチギレる要素を否定するとは限らない)。

 とはいえ、私が本ルートの最後まで主人公にブチギレていたかと言えば、実はそうではありません。本ルートの主人公も一応はちゃんと葦野昴であるということで、最終的には自身の愚かさに気付き、そして期待以上の結論を以て青葉との和解を果たしています。その結論というのが、以下画像の通り。

 正直、本ルートの主人公がこの答えを用意出来るとは思っていませんでした。親友としての男勝りな青葉に戻ってもらうでもなく、母親の真似をして女性らしく振る舞う青葉だけを受け入れるでもない。”その奥底に眠る、限りなく本質に近い樹青葉”を受け入れると告げたのです。この答えはまさに、主人公に受け入れられるための自身の在り方に悩んでいた青葉にとっては、これ以上無い存在肯定ですからね。ちゃんとこの答えが出せるのは素晴らしい。本当にホッとしました。

日向 夕陽√

●シナリオについて
 程よく面白かったです。
 夕陽√序盤では懸念もあったのですが、最終的にはその辺も全て解消してくれたので安心しました。
 産まれてこの方一心同体のように過ごしてきた幼馴染に対して訪れる葛藤を描く上で、非常に満足度の高いクオリティにに仕上がっていたと思います。

 より詳しい話をば。
 上述した懸念というのは、『主人公がなし崩し的に死を選択する』という展開に対してのモノでした。主人公と夕陽。産まれてからずっと一緒の幼馴染という関係。そこに拍車をかけるように、夕陽の母の死によってより深刻化した依存状態。夕陽の母と朝陽から主人公に課せられた「夕陽を守って欲しい」という『約束』。独りでは何も出来ず、子供のように主人公に頼りきりな夕陽の日常。それを受け入れる主人公の日常。そんな二人の間に訪れたのが、『隕石による避けられない死』と『シェルター行きという主人公だけ助かる道』です。夕陽√序盤~中盤にかけては、主人公との別れを思い描いて悪夢に魘されるほどにおかしくなっていく夕陽を見ていることに耐えられず、主人公がなし崩し的にシェルター行きを辞める選択を行います。一見するとこの展開、他者を思いやれる優しい性格の主人公が幼馴染のためにその身を犠牲にするという綺麗(?)な流れなのですが、少し考えてみるとこれって全く主人公の意志ではないんですよね。主人公がどうしたいのかが一切挟まれる余地も無く、ただこれまでの役割に準じて夕陽を守らなければならないという『義務感』と、苦しむ夕陽を見ていられないという『諦念』と、そして何より夕陽の母親や朝陽からかけられた『約束(という名の縛り)』によって主人公が突き動かされているだけだったワケです。今までにプレイしてきた御波√や青葉√では、最終的に主人公がちゃんと理由を見つけ、自らの意志で島に残ること(≒シェルターに行かずに死ぬこと)を選択します。だからこそ、夕陽√がこのまま終わってしまっては主人公の意志決定の観点からしてあまりにも不完全燃焼だったんですね。そして、なまじここまでで3回中2回の性行為シーンが終了していたこともあって、より「このまま終わってしまうの……?」という懸念が強まったという次第でした。
 しかしさすがは健速先生というかなんというか。そこから夕陽に「自分の存在が主人公を殺すのだ」という気付きを与えることであえて拒絶させ、今までの二人の関係性を二人に見直させるパートを挟み、最終的に『主人公に自身の意志でどうしたいのかを決断させる』という展開にまで持って行った手腕はアッパレだったなと。この際、独りで何も出来ない夕陽というキャラクター設定や、主人公を縛り付けていた『約束』という、いわば『足枷(或いは言い訳)』になってしまう要素を軒並み解消している点もまた評価出来るんですよね。主人公が自身の意志を以て夕陽に「一緒にいたい。自分には夕陽が必要だ」と伝えるタイミングでは、既に夕陽は独りで色々と出来るように成長していますし、主人公にかけられた『約束』も他ならぬ朝陽によって解消(≒解呪)されています。要は「これが残ってるから主人公の意志とは言い切れなくない?」という難癖を付ける隙も無いというワケですね。この辺りをきっちり固めた上で本ルートの物語を〆てくれた点は、非常にありがたかったです。
 ちなみに、二人の関係性に対する『答え』はずっと夕陽が歌っていた『アメイジング・グレイス』の歌詞の中にあったという要素も好きですね。今まで何度も聞いていたハズなのに、ただ気付かなかっただけなのだ、と。これ、もちろん額面通りの意味に受け取ってもなんら問題無い要素だと思うのですが、もう一段階深く考えてみると、本ルートの最後のピースでもあった『主人公が夕陽に対してどうしてあげたいのかという意志』と『主人公から見た夕陽の必要性』もまた主人公の胸の内に最初からあったけれど、これまで気付くことが出来なかっただけなのだということを表現しているとも解釈出来るんですよね。最初から『答え』は主人公の胸中に潜在していたのだ、と。

 さて。とはいえ実は、本ルートを読んだ上で浮上した疑問も一つあるんですよねぇ……。それは、他ルートにおける夕陽の態度に対する疑問になります。本ルートであれほど主人公のシェルター行きに対して取り乱した夕陽が、なぜ他ルートでは安静を保っていられるのか。この点は釈然としませんね。自身の個別ルートと他ルートで態度が異なるパターン自体は青葉√でも見られましたが、アレはシェルター行き発覚以前からして他ルートには無い路線に突入していたので納得出来ました。ただ本ルートでは、シェルター行き発覚時点における本ルートと他ルートでの主人公と夕陽の関係性に差異はほとんど無いんですよね。本ルートであれほど取り乱すのであれば、他ルートでも夕陽はあのレベルで取り乱していなければおかしいですし、本ルートでの取り乱しようを見る限りでは他ルートで我慢していたという線も消えます。そのため、この辺りの整合性に関しては少々不満が残りました……。なんか納得の出来る理由がどこかに記載されていたりとかしませんかね?

日向 朝陽√

●シナリオについて
 終わってみれば、良い話だったなぁと思えます。
 上手く嵌っているようで実は歪んでいた三人(主人公・夕陽・朝陽)の関係。その行く末を語る上では、非常に納得出来る物語構成と結論であったと感じました。

 読み進めていく毎に少しずつ『歪み』が如実になっていく物語って良いですよね。たしかに序盤から朝陽の母親に対する罪悪感は顕著でしたが、それはそれとして少なくとも私は主人公・夕陽・朝陽の三人の関係性がこれほどデリケートなモノだとは想像だにしませんでした。朝陽と主人公の恋愛関係が発覚したことによって夕陽が癇癪を起こした際には、思わず普通の価値観を持ち出して夕陽を『主人公と朝陽を不幸にする邪魔者』と感じてしまったほどです。
 しかし、蓋を開けてみれば夕陽のこの行動が納得出来てしまうワケですよ。というのも、夕陽の抱いていた疎外感の源泉は、『自分だけが頼られることなくただ守られるだけの存在であること』にあったワケですから。要するに、ただでさえ元々何かを解決しなければならない状況下において『助け合う関係の存在』としては頭数から外されていた夕陽は、『助け合う関係の存在』であった主人公と朝陽がくっついてしまうことで完全に自分が二人の頭から抜け落ちてしまうことを危惧したワケですね。もちろんさすがに忘れ去るなどということは無いでしょうが、少なくとも主人公と朝陽の関係が発展してより絆が強固になれば、『ただ守られるだけの存在』である夕陽が二人の頭から抜け落ちてしまう状況も増えはするでしょう。だからこその夕陽の悪あがきが、あの癇癪だったワケです。なるほどなぁと思いました。
 結果的に紆余曲折あって三人の関係は改善されますが、その際の夕陽のセリフが上手く三人の歪んだ関係をまとめていたのでそのまま添付します。

 一見すると、今まで全く頼りがいを見せなかった夕陽の怠慢を棚に上げて責任を三等分しようとしているようにも見えます。しかし、よくよく考えるとやはり主人公や朝陽の側にもここにある通りの問題があるんですよね。二人はひかりおばさんが亡くなった日から凝り固まった『役割』に拘り過ぎる節があったワケですから。頼る気の無い人間に「頼れ」などと声をかけてもどうしようも無いワケです。ましてや、この歪んだ関係が8年も続いてきたのですから、いきなり変われと言われても難しい話。もちろん、本ルートのように全員が本気で自分たちの関係を見直すきっかけとなるイベントが発生すれば話は別ですが……。兎にも角にも、この三人の歪んだ関係は他ならぬ三人が積み上げた負債だったのです。

 展開の都合上、本ルートは分類的には朝陽√となりますが、実際のところは朝陽&夕陽√と言っても過言では無いのでしょうね。本ルートは紛れもなく、星が落ちるよりもずっと以前に失っていた『三人の”日常”』を取り戻す物語であったと言えるでしょう。……自らが『日常』だと思って過ごしている毎日は、はたして本当に自分にとっての『日常』なのか否か……。考えさせられますね……。

True√

●シナリオについて
 面白かったです。
 これまでの共通パート・個別ルートの集大成と言っても過言では無いでしょう。

 True√といえば、やはり主人公自身に最も焦点の当たるシナリオが好ましい。本ルートは、そんな私の需要を的確に叶えてくれました。というのも、本ルートは特に『主人公自身による己の振り返り』と『主人公自身による己の行く末の選択』という要素が大きいんですよね。もちろん個別ルートでも最終的には主人公が自らの意志で自らの行く末を選択していましたが、そこにはどこか『ルートヒロインとの恋愛関係』という今までの『日常』とは異なる要因も含まれていたように考えています。言わば、彼らが取り戻したい『日常』を語る上で、個別ルートで取り戻した『日常』とは若干例外的ということですね。しかし本ルートにおいては、限りなく主人公と周囲との関係性が変化することなく、むしろそれらを認識し直すことによって最終的な主人公の決断が為されます。個人的には、だからこそ本ルートがTrue√であることに納得出来ましたね。本作では共通パートの時点から『識ってしまったことに振り回されず、日常を過ごすこと』というテーマに関しては度々言及されてきましたが、本ルートではそれが見事に主人公の物語として完遂されていたものと感じました。

 本ルート、大人組がかっこよかったのも良かったですね。中でも八島の爺ちゃんと主人公の父親は格別で、各々マンツーマンで会話する場面は非常に感情が高まりました。爺ちゃんの男泣きはカッコイイし、父さんの父親としての意志もまたカッコイイ。
 そして何より、本ルートの場面を語るに欠かせないのは、『がんちゃんB』の授業シーンでしょうね。最終的に覚悟が決まり、迷いの晴れた様子で行われる主人公の講義。全てを曝け出して語られる主人公の意志。私は、こういうシーンが読みたくて物語系の創作物に触れているまであります。正直、謎に目が潤みました。それほどまでに刺さるシーンだったのだろうなと思っています。

 さて、次はいよいよラストエピソード。どのように本作は締め括られるのでしょうか……。

AFTER

●シナリオについて
 非常に素晴らしい。本作を締め括るエピローグとしてはこれ以上無い程の相応しさでしょう。

 主人公たちが最期まで守り通した『日常』を、遺物として大災害以降の人類が受け取る展開。30年の時を経て主人公たちの遺物が眠る場所へやって来たのは、大災害当時6歳だったシェルター避難民の男性とペアの女性。男性の側は、大災害以降の世界に絶望中。そんな彼に主人公たちが遺物を通して届けたのは、『日常』という『希望』────。
 この展開によって、やっとこさ主人公たちのやってきたことが意味を持つんですよね。しかしこの展開って、無駄と決めつけて温泉を掘ることを辞めてしまっていたら決して訪れなかった展開なんですよね。加えて、温泉は堀ったけど『日常』を守り通せなかった場合にも、後世に『希望』を遺すことは難しかったと考えられます。『日常を過ごすこと』と『無駄なことだと諦めないこと』。本作の中でも特に重視されてきた二つのテーマがしっかりと完遂されたからこそ、到達することの出来たエピローグだったのでしょう。要するに、本パートは”本作が完成したこと”の『証明』なんですよね。納得の結末ですよ。
 ちなみに、かくいう私も本パートのあまりの完成度に思わず泣いてしまいました。「……俺達はここにいる」のシーンはあまりにも卑怯。正直、本作で泣くことはないだろうなと踏んでいただけに、半ば意表を突かれたカタチになりました。あんなん泣くって。


総評


●シナリオについて
 綺麗に纏まった、完成度の高い作品であると感じました。
 展開こそ目まぐるしい起伏は無いものの、強く且つ一貫したテーマ/メッセージ性を持っていたこともあって、非常に考えさせられる作品でしたね。

 緩やかな終末。その中で起こる『非日常』と各キャラクターの葛藤が、本作ではこれでもかと言わんばかりに巧みに描写されていました。『こなたよりかなたまで』でも思いましたが、健速先生は『終末に向かう物語』を書くのが上手いなぁ……。

 物語の系統的な話をすると、『日常を貫き通すこと』を中心に置いて考える死生観ということで、本作は言わば『運命に抗う物語』ではなく『運命を識った上でそれを受け入れる物語』であったんですよね。この点が個人的には非常に新鮮に感じられました。私は少年漫画の畑で育ってきた人間なので、どうしても『運命』という概念には立ち向かったり抗ったりして欲しい人間なんですよ。だから本来、本作のような系統って私の肌には合わないハズなんですよね。しかし、そんなことはお構いなしに本作は私に納得と感動を与えてくれました。本作のテーマとそれを表現するシナリオには、それほどの”力”があったと感じております。

 各パート・ルートに関しては、各々別の物語が展開されつつも根っこにあるテーマは一貫していた点が良かったなと思っています。やはりマルチエンディングの作品である以上、いくつもの可能性を見せられつつも根っこの部分では繋がった物語(作品としての一貫性がある物語)を読みたいワケですよ。その点、本作は限りなく私の需要を満たしてくれていたので嬉しかったです。

 ……ただまぁ、本作の全てを称賛出来るワケではありません。一つ惜しいのが、やはり青葉√ですかね。あのルートにおける主人公の不自然さだけは、どうしても受け入れることが出来ません。本当に……あれだけが……あれだけが何とかもう少し自然なシナリオになっていれば……。

 とはいえ、総合的に見れば満足出来るクオリティの作品であったことは確かです。個人的には「運命を受け入れることもまたアリ」という新たな感性を与えてくれた作品であったため、プレイ出来て良かったなと思っています。

●キャラクターについて
■『葦野 昴』:主人公。親友たちを守る役割を持つ立場。夕陽の父親代わり。
 青葉√以外では、基本的に良い主人公です。時折人間臭く弱い部分も見せますが、それでも親友たちの支柱として強くあろうとするカッコイイ男性ですね。誠実であり気遣いも出来るタイプなワケですから、そりゃモテます。説得力がありますよね。普通に恋愛をさせるエロゲであれば、主人公とはこうであって欲しいモノです。

■『日向 夕陽』:昴の幼馴染。朝陽の妹。甘えん坊。
 かなり好き嫌いが分かれるヒロインなんじゃないかなぁと思いながらプレイしていました。良くも悪くも純粋なんですよね。『守られる対象』という役割であったこともあって、ところどころのセリフが自身を棚に上げた発言に聴こえたり、怠慢に見えたり、邪魔に思えたりと、かなり難しいヒロインであったことは確かかと。そんな夕陽を最後まで活かすシナリオを描き上げた健速先生の手腕はやはり素晴らしいですね。

■『日向 朝陽』:昴の幼馴染。夕陽の姉。夕陽の母親代わり。
 作中最も苦悩したヒロインかもしれませんね。彼女の抱える役割は、言わば母親への罪悪感から生まれた『呪い』です。簡単に解けるモノではない。故にこそ、朝陽√で彼女が呪いから解放されたことを喜ぶ反面、他のルートでは解放されることは無いのだろうなと考えると少しやるせないですね。

■『樹 青葉』:昴の幼馴染。男勝り。
 普段の男勝りな様子と女性らしさを発揮した様子のギャップがとても良いですね。青葉√ラストでどちらの自分も自身の本質として受け入れた青葉は言わば完全体。どちらの特性も駆使できる青葉は非常に魅力的なヒロインと化したなぁと思いました。
 背景的にも応援したくなるヒロインではあったんですよね。昴のことが好きで一緒にいたかったから男勝りになって、しかし男勝りのままだと昴に恋仲としては振り向いてもらえない……。やることなすことが裏目に出てどん詰まりな恋物語……。そういうの大好きです。だからこそ、青葉√において主人公の不自然さが目立ったのが本当に惜しかったんですよねぇ……。

■『水守 御波』:転校生。病弱。彗星の発見者。
 個人的には本作で最も好きなヒロインです。御波も序盤とそれ以降でのギャップが可愛らしいヒロインですよね。はっちゃけつつもお淑やかさは損なわないあたりがかなりグッときます。
 しかし、作中においては最も重い背景を背負っているヒロインなんですよね……。星が降ってくると分かったからこそ初めて周囲の人間と同じ土俵に立てたというのはあまりにも皮肉です。ただ、そんな中でも御波の精神的成長は見応えがあった。もしかしたら、この終末で最も成長出来たのは御波だったのかもしれませんね。

■『八島 宗一郎』:アロハシャツのファンキーな爺ちゃん。昴の親友であり、温泉堀り仲間。
 本作の中で最も大好きなキャラクターです。強いし達観しているし、こういう年寄りキャラは良いですよね。
 八島の爺ちゃんは言わば、『テーマの体現者』なんですよね。爺ちゃんこそが最初から本作における『答え』なんですよ。非常に大きな役割を背負ったキャラクターだなぁと思っていました。True√における男泣きシーンこちらも思わず感涙。こういう爺さんが見せる涙に弱いです。

■『葦野家両親と日向家両親』:葦野竜(父親)、葦野海(母親)、日向陽(父親)、日向ひかり(母親)。
 どちらも本当に良い両親です。もちろんキャラクターとしても良いキャラをしているのですが、彼らは『親』という属性を持つキャラクターとしての解像度も高いんですよね。特に葦野家の両親は個人的にかなり感銘を受けました。というのも、本作って主人公が家族と過ごす場面がかなり多いんですが、そこでの会話や空気感がちゃんと『家族』なんですよ。これは媒体に限らず創作物あるあるなのですが、結構『家族』の描写って省かれがちだったり、親がただ”『親』という属性を持っているだけ”のキャラクターだったりすることもあるじゃないですか。故にこそ、本作における『家族』の描写がしっかりしている点は特に評価したいと思った次第でした。というか、だからこそ終盤の昴と竜との会話が映えるワケなんですよ。

●テーマ・メッセージについて
識ってしまったことに振り回されず、『日常』を過ごすこと
 要は、『新たに識った側面もまた本質として受け入れることの重要性』を謳っているワケです。対象は何だって良い。それこそ本作では『世界』や『人』が対象でした。例えそれらに変化があったように見えたとしても、実際には変わっていない。変わったのは『新たな側面を識ったこちら側の見方』。だからこそ、新たに識ったことに振り回されることで『日常』が崩壊してしまうようではいけない。『運命』すらも受け入れることで、『日常』を守り通すべきなのだ────ということですね。この際、『どうせ無駄な事だから諦める』ということもタブーです。これもまた本作において重視されていたメッセージですが、「種を撒くことは無意味ではない」という考え方が重要なんですよね。もしかしたら無駄だと思いつつも続けたことが、本作におけるAFTERのように『意味のあること』へと昇華されるやもしれませんから。
 個人的には本作のテーマって、どことなく『素晴らしき日々』における「幸福に生きよ!」の考え方に近しいのではないかなぁとか思ったりしました。『素晴らしき日々』では「死を恐れることなく幸福に生きること」について語られていましたが、これもまた要約すれば『死』という『運命』に振り回されるなということを言っていると考えられるんですよね。加えて、『素晴らしき日々』とテーマを共有する『サクラノ詩』において『幸福の先』として描かれるのが『ごく自然な日常』なワケですから。かなり近しい思想が落とし込まれているのではないでしょうか? 皆さんはどう思われますかね……。ご意見有れば窺いたいです。

おわりに


 『そして明日の世界より────』感想、いかかだったでしょうか。

 健速先生、ノベルゲーム業界に戻ってきませんか……?

 次にプレイする作品は、『夏の終熄』を予定しております。

 それでは✋