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『夏のさざんか』感想

目次


はじめに


 ちゃすちゃす✋
 どーも、永澄拓夢です。

 てなわけで、今回の感想対象作品はこちら!

『夏のさざんか』
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 『パコられ』や『ニルハナ』で有名な同人サークル『ゆにっとちーず』さんの作品です。
 以前本ブログでも感想を書かせていただいた『アメトカゲ』も、ゆにっとちーずさんの作品ですね。
 ゆにっとちーず作品は未だアメトカゲしかプレイ出来ておりませんが、かの作品には魅入るモノがありましたので、本作も期待しております。

 というワケで、さぁ蓋を開けますわよ!

あらすじ


 主人公・冬野つばきはある日を境に
 「日常のいたるところ、モノすべて」に恐ろしさを抱くようになり精神科のドアを叩く。
 静養のため入院することになり、
 社会から切り離されたまさしく「閉鎖病棟」の中で、若い男がつばきを呆然と見ていた。

 「やっと見つけた! つばきさん!」

 ……どうしてあの人は私の名前を知っているんだ……?

 引用元

所感


 面白かったです。
 『”普通”と”異常”』や『”自我”と”同調圧力』といった題材を取り扱ったテーマは非常に身近な問題で分かりやすく、故にこそ考えさせられる作品に仕上がっておりました。

 あらすじからも見て分かる通り、舞台は精神病棟だったワケですが、精神病患者の描写も巧みでしたね。
 彼らを上手く登場人物として扱うからこそ、よりいっそう補強されるテーマ・メッセージ性であったとも考えられます。

 ただ、主人公の境遇が悲惨だったり、若干の胸糞要素が存在したりするという点では、人を選ぶ作品であるとも思われます。
 私はむしろ、面白くなるのであればどんと来いというタイプなのですがね。やはりそういうのが苦手という方もいらっしゃるでしょうから。興味を持たれた方は、その点に注意しつつ、手に取ってみてください。

 本作はフリーゲームです。以下に公式サイトへのリンクを添付しますので、ぜひそちらよりダウンロードをどうぞ。

u-cheese.sakura.ne.jp

~以下ネタバレ有~











総評


●シナリオについて
 短くも上手く纏まった、満足出来る作品であったと思います。

 精神病棟を舞台としている点も特徴的でしたし、そういう舞台特有の雰囲気作りやキャラ造形も巧みだったため、よりいっそう惹きつけられましたね。
 加えて、本作で取り扱われたテーマやメッセージが、なんとも絶妙に『精神病』という題材ともマッチしている。これも大きな評価点とです。
 本作はテーマ・メッセージが色濃くシナリオとして表面化している作品であったため、尚の事このような高い親和性は輝きますね。

 展開的にも、主人公の疑り深い性格がこれまたシナリオにおいては良い働きをしており、二転三転するような起伏のある展開へと仕上がっていました。
 トラウマとなる記憶に蓋をしていた主人公が、中途半端に過去を思い出した外出イベント。最終的には間違いであることが判明しますが、あれほどに聡明且つ純粋そうな四方木宰が、一転してサイコパスに見えるようになったのは、自分の認識上での出来事ながらも驚きを隠せませんでした。「ここまで見方が変わるのか……!」と感嘆しましたね。

 Hシーンに関しても、読み応えがありました。さすがは乙女ゲー(?)といったところか。こういうHシーンこそ、晴れて『作品にとって必要』と言えるHシーンだろうなとか思ってもみたり(こんなこと言うとまた敵を作りそう)。
 本作における性行為シーンは二つ。一つ目はバッドエンドにおける『父親への依存行為』として、二つ目は『父親に長く性的虐待を受けてきた主人公の心を氷解させるための行為』として、それぞれが描写されていました。
 中でも二つ目の性行為シーンでは、テーマである『”我を貫くこと”の肯定』を昇華した内容となっておりました。しかもこのテーマ昇華が、主人公の心を氷解させる上での切り札(最適解)にも繋がっているワケです。
 これ程までにシナリオ上で意義のあるHシーンを読んだのは久々でした。こういうので良いんだよこういうので。

 総じて、突出して「面白い!」と言える程ではないにしろ、満足感の得られる作品であったと言えるでしょう。

●キャラクターについて
 『冬野 つばき』について。主人公。精神病棟患者。”我”というモノが著しく薄い女性。家庭内性的虐待被害者。束縛願望。
 境遇が悲惨な主人公です……。父親からは性的虐待を受け、母親からは嫉妬され。いつしか父親に依存して。
 そんな環境で育ったからこそ、いざ独り立ちした際には『何も持っていない人間』になってしまっていた、と。
 実は主人公、本作主要キャラの中では若干異質だったりします。というのも、本作中では、『一般常識(普通)などという誰とも知れない人間が作った枠組みがあり、そこから外れた存在を異常と差別する』という思想が語られます。これが『実は異常者は人並外れた要素を持っているだけ』だとか、『異常者も確固たる脈絡の基行動している』といったような考え方に繋がり、最終的には『”誰か”の価値観なんざに合わせる必要はなく、もっと我を出して良い』というメッセージに昇華されるワケです。しかし、主人公は他の主要キャラとは異なり、ひどく”我というモノが希薄”なんです。欠落ではありますが、むしろ社会の歯車として働いていた彼女は『普通の人間』に近しかったとすら思えます。
 ”人並外れた何かを持っているから異常と見られる”という思想の基進んでいくシナリオの中で、唯一と言っていい程にその思想とは真逆に位置する存在が主人公と言えるのです。
 しかし本作、最終的には、”人並み外れている方”だけでなく主人公すらも救われるテーマに仕上がっている。この構図が非常に面白かったんですよね。意図的な仕込みだったのか、はたまた偶然の産物だったのか……。

 『四方木 宰』について。ヒロイン(男性ですが)。精神病棟患者。落ち着いた好青年。拘りが一般よりも強いが故に異常と煙たがられる存在。
 良く言えば白馬の王子様。悪く言えば都合の良いヒーロー。
 出会ったばかりの少女(主人公)を守ろうとしたり、10年前(前述の場面)に守れなかった少女(主人公)を想って今も探し続けていたりと、主人公のためのヒーローと言わんばかりのキャラクターです。
 それだけ主人公に拘る上で、一応の根拠自体は存在するため、納得は出来ますがね。相当強い想いですよね。
 色々と拘りの強い性格とのことですから、救えなかった主人公に”拘った”のも、もしかしたらそんな彼の性格が起因しているのかもしれません。

 『前野』について。精神病棟患者。軽躁。
 出番の割には特に何か大きく本筋に関わってくるワケではありませんでしたね。ただ、一種のバランサー的役割を担ったキャラであったようには感じました。上手く場を回していましたからね。メタ的な役割であることはもちろん、作中の精神病棟でもそのような立ち位置のキャラクターなのでしょうね。

 『甲斐野』について。精神病棟患者。襲われたが故に恋愛を失い、故にこそ恋愛において未来ある女性に嫉妬する者。
 バッドエンドの引き金にもなった患者ですね。
 個人的には、精神病棟患者の中で最もキャラ造形が巧みだったキャラであると思っております。
 唐突に激昂する精神的不安定さや自身のトラウマを基とした独特な思想からは、一種の危険性が強く醸し出されており、彼女と主人公の会話シーンではプレイヤーながら緊迫した雰囲気をひしひしと感じました。

●テーマ・メッセージについて
”我を貫くこと”の肯定
 ちょろっと先述もしましたが、これが本作の最終的な結論と言えるでしょう。
 誰が作ったとも知れない『普通』という枠組み。その枠組みに収まることを強要し、外れた者は『異常者』として差別する社会。
 やたらと『多様性』や『個性』などという綺麗事を謳っておきながら、結局のところそれらの差異は、『普通』や『常識』という誰とも知れない誰かが定めた領域内での差異に他ならない。
 その領域の外に何か一つでも出た人間の『多様性』を考慮しないあたり、綺麗事はいつまで経っても綺麗事でしかないワケです。そういう意識が根付いた社会は、いつまで経っても差別と同調圧力の巣窟なワケです。
 しかしだからと言って、それらに屈する必要は無いのだと後押しするのが本作のテーマ。
 本作中には、以下のようなセリフが存在します。

「世界の基準は自分で決めます。決まるんです」

 これは、四方木宰から主人公に向けたセリフなワケですが。要は、他者の価値観などに合わせる必要は無いということです。
 もちろん、社会の一員として守らねばならないルールはある。しかしそれとはまた異なる部分。一つ一つの”何か”を測るための価値観。そういった基準は、自分で決めて良いモノなのだと。『普通』などという枠組みによる同調圧力になど、屈してやる必要など無いのだと。

 主人公は終盤、「自由とは全ての責任を自分で取らなければならないということ。何も持たない人間である自分にとってはそれが怖い。だから誰かの言いなりになりたい」という想いを吐露します。
 しかしそれに対し四方木宰は、以下のようなセリフを返します。

「何かの言いなりになるのはとても楽だ。そういう生き方が悪いとも思わない。でもそれは、自分の意志で動くこと、我を通すことの嬉しさと辛さを知ってからだ」

 束縛願望を否定することなく、それでいて自由を経験することを促すセリフ。これにより主人公も一歩踏み出すワケですが。
 これってきっと、『普通という領域内で無意識の内に同調圧力に屈している人々』に向けた一種の啓発でもあるのだろうなと個人的には解釈しております。
 『普通という領域外の”異常”とされる人々』と『普通という領域内で無意識の内に同調圧力に屈している人々』。最終的に対象として、その両者をも総括するようなテーマだったからこそ、本作では”前者”を代表する精神病棟患者と”後者”の代表とも言える主人公(極端ではありますが)を主要キャラに添えたのだろうな、と。

おわりに


 『夏のさざんか』感想、いかかだったでしょうか。

 ゆにっとちーず作品は、ノータッチだった頃には「胸糞悪いから覚悟しておけ」と言われてきた作品群だったのですが、二作品プレイしてみた感じではむしろわりかし好みの作品群かもしれないなと思えてきました。

 次にプレイする作品は、同サークルの『パコられ』を予定しております。

 それでは✋